四国山地の支脈の一つである法皇山脈が平地部の南の背後に屏風のように東西にそびえ、山脈の南に 位置する地域は「嶺南」と呼ばれる。
宇摩は、歴史的にも古くからあった名称で、古文書によると、709年(和銅2)の「河内国古市郡西林 寺事」に「伊予国宇麻郡常里」とあるのが郡としての名の初見とされる。また、『和名抄』に「宇摩
郡」とあり、5郷が記されている。また、宇麻とも異記されている。このように古くは「宇麻」として
いたようであるが、『和名抄』の「宇摩」を今日まで継承している。
2004年4月1日まで、郡名として宇摩郡が存在したが、2004年4月1日に川之江市、伊予三島市と宇摩郡 土居町、新宮村が合併して四国中央市が成立したことで宇摩郡に属する町村がなくなり、行政区画上
「宇摩」の名は消滅した。地域名としての「宇摩」そのものは、合併、宇摩郡消滅後も、当地をエリ アとする名等に残っている。
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